大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)4909号 判決

本籍

東京都墨田区立花三丁目二五番地

住居

東京都墨田区立花五丁目一六番八号

皮革加工業

広田弘之

大正一五年二月七日生

右の者に対する公務執行妨害、傷害被告事件について、当裁判所は、検察官中野勇夫出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、墨田民主商工会の常任理事で、同商工会東吾嬬支部の副支部長をしていたものであるが、同商工会の会員寺門昭が東京都墨田区東向島二丁目七番一四号所在の向島税務署署長にしていた、所得税の更正決定および過少申告加算税の賦課決定に対る異議の申立が棄却されたこと、ならびに課税に関する理由等の回答要求について、同税務署市川総務課長から、回答するから一人でくるように連絡されたことを聞き及び、同商工会事務局長大山茂らと協議し、同税務署長に会つて、異議申立の棄却理由などをただし、かつ、抗議する目的で、昭和四六年八月六日午前一〇時ごろに同税務署に行くこととし、同日午前一〇時五〇分ころ、井口正ほか一名とともに同税務署におもむいた。他方、同税務署では、寺門昭の所得税等に関連して、同商工会員多数がたびたび同税務署を訪れ、署長や担当職員にしつこく面会を求め、大声を出したりして執務が著しく妨害されていることにかんがみ、かつ、前記のとおり寺門昭に一人でくるように申向けたのに、同人がそれはわからないと答えたことから、重ねて同様な妨害を受けることを避け、署内の秩序を維持しようと考え、同商工会員が複数以上で来署した場合には、同会員等が署内にはいれないようにするため、市川総務課長の指示で正面玄関のとびらをしめ、必要なときだけ開閉することにしていたところ、前記のように被告人らが来署したのでとびらをしめるとともに、その理由を告げて入署を拒んでいた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午前一〇時五五分ころ、同税務署正面玄関において、同税務署総務課会計係長三村孝(当四二年)が、署内から玄関のとびらを外側にあけ、他の来署者を帰した後ただちにこれをしめようとした際、とびらの内側にはいり、からだでささえてとびらがしまらないようにしながら、両手で三村孝の着用しているワイシヤツのえり元をつかんで、前後に二、三回こづいてその職務の執行を妨害し、かつ、右暴行により同人に全治までに約三日間を要する両側胸部打撲症を負わせたものである。

(証拠の標目)

一  第一一回、第一二回公判調書中の証人三村孝の供述記載部分

一  証人三村孝の当公判廷における供述

一  証人佐藤満の当公判廷における供述

一  第六回、第八回ないし第一一回公判調書中の証人市川英雄の供述記載部分

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書二通および司法警察員に対する供述調書二通

一  医師川田深太郎作成の診断書

一  第六回公判調書中の証人川田深太郎の供述記載部分

一  司法警察員作成の実況見分調書抄本

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、公務執行妨害の点は刑法九五条一項に、傷害の点は同法二〇四条、軽い行為時法である罰金等臨時措置法三条一項一号に該当し、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、訴訟費用は全部被告人に負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、三村孝の行為は適法な職務の執行といえないと主張するので、この点についての判断を示しておくこととする。

国民は税金に関し平穏に税務署庁舎にはいる権利をもち、税務署はこれらの国民に対し懇切に応待し、国民への奉仕者として誠実に事務を処理する義務があることは当然であるが、ある特定の国民の要求に応ずることによつて、大量の時間を費したり、署内の秩序が乱されて多数の職員の事務処理に支障をきたすようなことになれば、全体への奉仕者としての公務員の義務に違反することになるので、このような場合には、合理的に納得のいく範囲内で、ある程度の制限、規制をすることができるものと解すべきところ、判示のように、墨田民主商工会員は多数でたびたび向島税務署を訪れ、署長や担当職員にしつこく面会を求めたり、大声を出したりして執務を著しく妨害しており、本件当日も同様の事態の発生が予想されたので、重ねて妨害されることを避け、署内の秩序を維持するため、集団陳情者の署内立入りを阻止しようとしたのは、合理的に納得のいく範囲内の規制であつて適法であり、上司の命令により玄関のとびらの開閉にあたつた三村孝の行為もまた適法な職務の執行というべきである。したがつて、弁護人らの主張は採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本武志 裁判官 坂井宰 裁判官 平谷正弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例